恐怖に押し潰され、なすがままにされていた日々は、もう終わった。
私は今、こうして一つひとつの出来事を記録に残している。
それは単なる事実の列挙ではない。
眠れぬ夜に胸を締めつけた不安。
ドアを蹴られたときの鼓動の高鳴り。
警察官が到着しても扉を開けず、沈黙する隣人の不気味な気配。
そのすべてが、私にとっては「生きた証」だ。
「自分は確かにここで闘った」
「ただ怯えていただけではない」
そう胸を張って言えるようにするために、キーボードを打ち続けている。
そして願っている。
もし私と同じように理不尽な隣人トラブルに苦しむ人がいるなら、この記録がわずかでも勇気を与えられるように。
静かな生活は、ただ待っていても戻ってこない。
求め、行動し、そして闘うことでしか取り戻せない。
戦いの日々はまだ続くだろう。
だが私はもう孤独ではない。
記録があり、言葉があり、そしてこの文章を読んでくれる「あなた」がいる。
だから私は歩みを止めない。
恐怖に屈せず、未来の静寂を信じて。
――これが、私の「隣人との闘いの記録」である。

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